双月工廠

春のおはなし。

1・風あつめ

その街を少し外れると、風の通る気持ちのよい丘がつづく。
冬の寒さもだいぶと和らいできたので、彼と"僕"は少し遠くのその丘陵地帯まで散歩に出ることにした。
ある丘の上で、足元にいくつも袋を置いて、大きく腕を広げている男がいた。
なにをしているのですか、と、尋ねると、はるかぜをつかまえているのです、と男は応えた。
ごらんなさい、これがはるかぜです、とひとつの袋の中身をみせてくれた。
中には、半透明の長い尾の獣が丸まって目を閉じていた。
男は袋の口を縛りながら、はじめてごらんになりましたか、と尋ねた。
ええ、実際に見たのは初めてです、と"僕"は応えた。
こいつらは月の材料になるのです、ことしのはるかぜは上々ですよ、と男は言って、また、丘の上に立った。

最近、こつこつ窓をたたいていたのは、この子たちだったのか、と僕らは得心してその丘を後にした。

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